転職活動を始めると、「これまでの経験を、民間企業で生かせる強みに言い換えましょう」と言われる。
言っていることは分かる。採用する側に伝わらなければ、経験があっても評価のしようがない。
たとえば「調整力」。いい言葉だ。履歴書には収まりがいい。けれど、その3文字で20年以上の仕事を説明したことにしてよいのか、私は手が止まる。
仕事をしてきた感覚と、その言葉がどうしても一致しないからだ。
そもそも「調整力」って何よ?
「調整力」と書けば、たしかに収まりはいい
20年以上、公務員として働いてきた。他人と話し、話が食い違えば確認し、関係する人に連絡する。相手が言葉を探しているときは、すぐ次の質問を重ねない。
こう書くと、何かの能力に名前を付けられそうではある。「傾聴力」「調整力」「コミュニケーション能力」。求人票にも履歴書にも、収まりがいい言葉だ。
ただ、私が実際にしてきたことには、もっと面倒な部分がある。
話を聞いても、その場では何も解決しないことがある。連絡を重ねても、双方の希望がきれいに一致するわけではない。そもそも、相手が何を望んでいるのか、本人にもまだ分からないことがある。
お会いして、最初の挨拶をかわし、「いい天気ですね」という差しさわりのない言葉で、腹を探りあう。相手は緊張している?目線は?早く結論を欲しがるタイプか?仲良くなりたい方か?
そこで時間をかけた経験を「調整力があります」と一行にすると、急に仕事が簡単だったように見える。
肩書きを外した途端、説明できなくなる
今の職場では、所属や担当を言えば、おおよそ何をしている人か伝わる。けれど転職先には、その前提がない。
前回の記事で、私は「20年以上働いたのに、民間で通用するスキルが見当たらない」と書いた。履歴書の資格欄に書けたのは、普通自動車免許くらいだった。
資格欄を眺めていると、自分の20年まで空白に見えてくる。でも、空白だったわけではない。職場の中では説明しなくてよかった経験を、外の人に伝える言葉を持っていなかったのだと思う。
そう考えて、一度「私は何が得意か」という問いを脇に置いた。「あの場面で、私は何をしたか」から書き出してみる。
相手がすぐには話せなかったとき、質問を変えたこと。沈黙を埋めようとしなかったこと。食い違う話を、まずそれぞれの言葉で確かめたこと。
華やかな実績には見えない。それでも「人の話を聞くのが得意」と書くよりは、私のしてきた仕事に近い。
職歴を「商品」にすることへの引っかかり
転職する以上、応募先が必要としていることを考えるのは当然だ。自分がどう役に立てるかも、説明しなければならない。
一方で、仕事のすべてを売上や効率の言葉に置き換えようとすると、何かがこぼれる気がする。公務員としてしてきた仕事には、そもそも売上で測るために行っていないものがある。
だからといって「民間には分かってもらえない」で終わらせたくもない。それでは、転職先に説明する努力まで放棄してしまう。
私が探しているのは、立派に見える翻訳ではなく、嘘にならない翻訳だ。
具体的な場面を思い出し、何を考えて、どう動いたかを書く。公にできない仕事の内容や、他人の事情は書かない。数字にできることがあっても、何を示す数字なのか説明できなければ使わない。
そうやって残ったものを、応募先の仕事と照らしてみる。関係がなければ、無理に「生かせます」と言わない。
履歴書の先に、これからの仕事がある
これを書いている私は、民間で自分の経験が評価されると証明できたわけではない。転職エージェントから、公務員から民間への転職は厳しいとも言われた。その言葉を、なかったことにはできない。
だからこそ、履歴書の一行で自分の仕事を評価し終えたくない。肩書きや資格の名前を外しても、20年以上のあいだに判断し、迷い、動いてきた時間は残る。
それを振り返るのは、応募先に自分を売り込むためだけではないのだと思う。どんな仕事なら、これまで大事にしてきたものを手放さずに働けるのか。逆に、これからは何を変えたいのか。職歴を書くうちに、問いは過去から先の暮らしへ向かっていく。
転職できるかどうか、どこで働くことになるかは、まだ分からない。それでも、残りの職業人生を「何もない」と片づけたまま決めたくはない。
