転職を考え始めて、久しぶりに履歴書を書いた。
学歴を書き、職歴を書き、そして資格を書こうとして、手が止まった。
書ける資格がない。
20年以上働いてきたのに、書けるのは「普通自動車免許」くらいだった。
一応書く。「第一種普通自動車運転免許取得」
公務員らしく、正式な用語を書き入れる。
もちろん、資格の数だけで人の能力が決まるわけではない。それくらいは分かっている。
それでも、40代後半になって転職しようとしている人間の履歴書として、あまりにも心細く見えた。
「20年以上も働いてきて、自分にはいったい何が残っているんだろう」
そんなことを考えた。
「公務員は転職が厳しい」と最初から言われた
転職活動を始めて、転職エージェントにも登録した。
そこで言われたのは、なかなか厳しい話だった。
「公務員から民間への転職は、ちょっと厳しいです」
「40代後半という年齢も厳しいです」
さらに、20~30社応募して1社面接できるかどうか。何社か面接を受けて、その中からようやく1社内定が出るくらいに考えて、「片っ端から応募して。迷ってるなら応募して」とも言われた。
覚悟はしていた。
それでも実際にそう言われると、
「公務員として20年以上働いてきたことには、転職市場ではあまり価値がないのだろうか」
と考えてしまう。
実際、転職活動を始めてみると簡単ではなかった。
公務員の仕事は、民間とズレているのか
長く公務員をしていると、ときどき「これは外の世界でも必要な能力なのだろうか」と疑問に思うことがある。
たとえば書類の書き方だ。
以前、「彼には、頼りになる姉が1人おり」と書いて提出したところ、
「姉って、実の姉?これじゃ、誰かわかんねーよ!」と書類を叩きつけられた。
結局「彼には頼りになる実姉が1人おり」と書き直した。すると、今度は、
「1人って、半角?全角?っていうか、普通一人って書くんじゃねーのかよ!」と、再度書類を叩きつけられた。
「公用文だろ、ちゃんと書け!」
「実姉」は「じっし」と読むと知ったときだった。
もちろん、組織には組織のルールがある。行政文書に一定の形式が必要なのも理解できる。
ただ、そのとき私は、
「こんなところに、そこまでこだわる必要があるのだろうか」
と思った。
長く同じ組織にいると、その組織の中で必要とされる能力には詳しくなっていく。
一方で、それが民間企業でも評価される能力なのかは分からない。
公務員を長く続けるほど、少しずつ民間の世界からズレていく。
転職活動を始めてから、そんな感覚を持つようになった。
それでも、20年間何も身につかなかったわけではない
では、公務員として過ごした20年以上は無駄だったのか。
それも違うと思う。
仕事では、人と接することもよくある。
相手によっては、自分のことをなかなか話してくれない。
そんなとき、こちらから答えを急かすのではなく、ゆっくり話を聞く。
丁寧に質問する。
沈黙があっても待つ。
そうしているうちに、それまであまり話さなかった人が、自分のことを少しずつ話してくれることがある。
「ああ、心を開いてくれたのかな」
と感じる瞬間がある。
これは資格欄には書けない。
「○○検定1級」のように証明書があるわけでもない。
それでも、人の話を聞くこと、人と関係を作ることは、自分が長い仕事の中で身につけてきたものなのかもしれない。
そして、こういう能力なら、公務員の外でも役に立つ可能性がある。
「スキルがない」のではなく、説明できない
転職活動を始めた当初、私は「自分には民間で通用するスキルがない」と思っていた。
今も、その不安がなくなったわけではない。
公務員を長く続けるほど、民間企業との感覚のズレは大きくなるように感じる。
ただ、一方で最近は少し違うことも考えている。
もしかすると、
「スキルがない」のではなく、「自分がやってきたことを民間の言葉で説明できていない」のではないか。
20年以上働いていれば、何もしてこなかったはずはない。
人と話したこと。
いわれのないクレームやトラブルに対応したこと。
誰かの話をじっと聞いたこと。
意見の対立を調整し、一つの山に登れたこと。
責任を負って仕事を進めたこと。
公務員の組織の中では、そうしたことをわざわざ「スキル」と呼ばない。
だから転職しようとしたとき、自分自身でもその価値がよく分からなくなっている。
公務員に完全に適応できなかった部分を、次に生かせないか
私は20年以上公務員をしている。
それだけ長くいれば、当然、公務員らしい仕事の仕方も身についている。
でも振り返ってみると、自分はこの世界に完全に適応した人間でもなかったように思う。
「そこまで形式にこだわらなくてもいいのではないか」
「もっと大切なことがあるのではないか」
そう感じることが何度もあった。
組織に完全に適応できなかったことは、これまでは自分の弱点だと思うこともあった。
でも、もし別の世界へ行くのなら。
適応できなかった部分の方が、むしろ役に立つのかもしれない。
まだ分からない。
転職活動も、うまくいっているとは言えない。
40代後半という年齢も、公務員一筋の職歴も、転職では簡単な条件ではない。
それでも、「第一種普通自動車運転免許」しか書けなかった履歴書を見ながら、
「自分には何もない」
で終わるのは、少し早いと思うようになった。
20年以上の仕事の中にあるものを、一度、公務員の言葉ではなく、外の世界の言葉に翻訳してみる。
私の転職は、そこから始まるのかもしれない。
まだ、転職が正解なのかは分からない。
今の職場に残る道もあるのかもしれない。
ただ、ひとつだけ分かっている。
この問題を抱えたまま、定年まで逃げ切れない。
私のメンタルは、定年まで持たない。
